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This Archive : 2008年05月

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2008.05.10 *Sat*

息子の出産記録(後編)

2008510日 午前1時過ぎ 陣痛が5分間隔に●

日付が変わり、真夜中に腰周りを襲う激しい痛みで目覚める。

これまでは我慢できる程度だった10分間隔の痛みが、5分間隔の思わず顔をしかめる痛みとなり、腰全体を襲い始めた。

隣でグースカ眠っている旦那に「痛い!陣痛が5分おきになった!」と訴えると、旦那、寝ぼけ眼で


「・・・え? まだ1時過ぎだよ? 6時半まで我慢できない? 今行くのは早すぎるよ・・・」


と、陣痛で苦しんでいるアタシに向かって、信じられないノーテンキ発言を!


「バカ!! あと5時間もこのまま我慢出来るワケないでしょ!! 

痛いっつーの!!」



とマジギレ。


こ れでやっと事の重大さに気付いた夫がシャキッと目覚めて飛び起き、病院に電話するも、


「初産だからすぐには出てこないし、今来てもらっても2組のカップル が応急処置用ベッドの順番待ちをしている状態だから、すぐにベッドを用意できない。なので、もう少し自宅で頑張って」


と言われる。



が、


「今行かないと、その2組以外のカップルが来て、どんどん後回しにされてしまう!

同じ痛い思いをするんなら、順番待ちをしながら痛みに耐えたほうがマシ!

それに、家にいる時に
(赤ちゃんが)出てきたらどうすんの!?」



と夫に訴え、直ちに病院に行く事に。




〃   午前2時前 病院到着●

昨晩9時のペニシリンを打ってくれたナースに「あら、もう戻って来ちゃったの? 貴方はあと4時間半は来なくて良かったはずよ?」と言われる。

「こんな今にも出てきそうな痛みであと4時間半も家で待ってたら、ほんまに家で生まれるわい!」とムカー。

この日、救急は大入り満員状態だったものの、私の前の2組は既にベッド入りを果たしていた。
やっぱり、すぐに病院に来て良かった。



〃   午前3時過ぎ 長い順番待ちの始まり●

受付の椅子に座って1時間待つものの、まだベッドが空かない。

陣痛は強まるばかりで、陣痛の波が5分おきに起きる毎に立ち上がり、目の前の受付カウンターに前屈みになり(座っているよりも、この姿勢が一番楽だった)、夫に腰をさすってもらう。

この頃、白人の巨体妊婦さん(多分妊娠前からも巨体の体系)が助産婦と夫を従え、ゼーハーしながら救急受付に登場。

なんでも、私と同じ頃に陣痛が5分間隔になったらしい。


そして立て続けに次のカップルが救急に登場。

この人は経産婦で、受付時もちょっと余裕な感じ。




〃   午前320分 やっとベッドに空きが出る●

病院に到着して約1時間半待った所で、ようやくベッドが空いた!!

「これでようやく楽になれる・・・」と思ったのも束の間、なんとそのベッドに通されたのは一番最後に登場した経産婦の人!

「なんで!?」と言っていると、夫曰く「彼女は経産婦だから、お産の進行が早いんだよ。だから彼女が優先になるんだって」との事・・・。





この経産婦さん、ベッドに通されるや否やいきなり破水!!

そのままお産ルームにベッドごと直行となり、なんと!


その5分後に赤ちゃんを出産!!



ほんの10分ほど前まで私の目の前に立って受付の人と話をしてたのに!

これには本当に驚いた。




〃   午前345分 再びベッドに空きが出る●

先程の経産婦さんがいたスペースはまだベッドの用意が整っていないものの、他のスペースのベッドに空きが出来ました!

「これでやっと私が・・・」と思ったら、なんと私の後に来た巨体妊婦のミッドワイフが、私の存在を無視し、ナースステーションにナース達がいないのを見計らって、自分のクライアントを「ささっ!」とそのベッドに誘導してしまった!

目が点になっているアタシ達のもとへ1人のナースが来て、「お待たせ!やっとベッドの用意が・・・」と言ったものの、私のスペースになる筈の場所に例の巨体妊婦が既に入っているのを見て「あら??」と一言。



「誰が彼女を先にあそこに誘導したの?」 

「さあ・・・」 

「でも今更どかせるわけにも・・・」




などと他のナース達と話している。


一番最初に来て順番待ちしていた私が、結局一番最後になってしまった!!


「信じられない!!

どうでもいいから、早く横になれるベッドを用意して(怒)!!!」



と怒りつつ、腰を万力で圧縮されているような5分間隔の陣痛に脂汗を滲ませて耐えている私なのであった・・・。



〃   午前4時前 今度こそベッドの空きが出る●

陣痛開始から6時間、5分間隔になってから3時間が経ったにも拘らず、アタシは未だに待合の椅子に座ったままベッドの空きを待っていた。

先程の経産婦さんがいたスペースの清掃(破水した羊水の掃除)が済み、ナースに「最初に来て待ってて貰ってたのに、本当に御免なさいね」と言われつつ、やっとベッドに通される。

陣痛が5分おきになってから3時間、待合の椅子に座って待つ事2時間、やっと応急処置用ベッドに移れる事になりました。

「やれやれ・・・」と思いつつ陣痛にヒーヒー言いながら病院着に着替えていると、ナースから


「グッドニュースよ。たった今、出産用個室の準備が出来たから、貴方には今からそこに移ってもらうわ。
そこでは出産も出来るから、もう移動しなくていいし、個室だからここよりもずっと快適よ。」


と告げられる。


やった~!!! 

最初に来て待ってた甲斐があった!!


やっぱり神様はいるのね!!




〃   午前4時過ぎ 出産ルームへ移動&促進剤を投与●

救急外来の奥にある出産ルームへ通される。

部屋の中はベッドとモニター、付添い用のマットレスや椅子、シャワーがついたバスルームがあり、夜間ライトが点いているだけで薄暗い。

私担当のナースが1人付き、私のベッド横に常に座ってモニターを監視しながらメモをとっていた。

ここで、今回私の出産を担当してくれる女医さんと御対面。

彼女は私の担当医とクリニックが一緒だそうで、私の担当医から私の出産を「何卒よろしく」とお願いされたそう。

とても優しそうな明るい人で安心した。

この時の内診で昨晩午後9時から始まった軽陣痛から8時間、本陣痛が始まって3時間が経過しているにも関わらず子宮口は5cmしか開いてない事が分かり、破水している事もあり、促進剤を投与する事に。



〃   午前4時半 陣痛がピークに●

5分おきで耐え難い陣痛が起こっていたものの、全く効かない笑気ガスをズコズコ吸ってその場を耐え忍んでいた私。


が、


ある時を境に、ちょっとの間隔で痛みが納まっていた、いわゆる「お休みタイム」が無くなり、陣痛が止まらなくなりました。

万力で腰を締め壊されるような痛みの連続に声にならない声で思わず「ふぅぅ~~~~~~んっ!!」と絶叫。

担当ナースに「あの~(ゼハゼハ)痛みが、(ゼハゼハ)治まらないんですが!?(ゼハゼハ)と訴えると、


「あ、そこまで来た? それが出産まで続くのよ。だけど、普通ならその時点で既に(出産に)十分な大きさに子宮口が開いてるはずなんだけど、貴方はまだcmしか開いてないから、あと数時間は掛かるかしら・・・」。


それを聞いた途端、血の気がサーっと引き、腰が砕けそうな痛みの中、担当ナースに向かってやっと出た言葉は



「エ・・・(ゼハゼハ)・・・エピデュラル(無痛剤)を、お・・・お願いします!(ゼハゼハ)



〃   午前5時過ぎ エピデュラル(無痛剤)投与開始●

陣痛開始から既に8時間が経過し、これからもまだまだ数時間続くであろう激痛に耐えられなくなった私の精神と身体。

遂にエピデュラルを要求したのだけど、そこから先のナースの対応は早かった!

すぐさまエピにおける同意書(「何かあっても文句なんか言いませんよ~」っていうもの)が用意され、絶え間なく襲ってくる陣痛でフラフラしつつ同意書にサイン。


それから5分ほどで麻酔医が私の部屋に機具と共に到着。 早い!!


他の患者とのタイミングによっては、麻酔医の都合が付かず、結局、出産までエピを受けられずに出産、なんて話も良く聞いていたから、こんなにタイミング良く麻酔医が来てくれて助かった!


陣痛の波が少しだけ弱まったのを見計らってベッド脇に座り、枕を抱え込むようにして抱きしめ、部屋着の背中部分をたくし上げて背中を丸出しに。

丸出しになった背中全体に消毒液が塗られました。 ちべたい!

そして両脇を担当ナース&夫に動かないよう羽交い絞めにされ、麻酔医が背骨に注射針(メチャ長い!5cm以上!!)をブッスーーー!!!



「いっったあああーーーーーい!!!!」


       
針を背骨に刺された激痛と同時に来た陣痛で大暴れしそうになるも、両脇から羽交い絞めにされていた事もあり、
なんとか暴れる事もなくエピ投入が無事完了。

もう、痛みで気を失いそうなくらいフラフラになっちゃいました。





それから数分後には・・・・あら不思議!!


今まで私を苦しめていた陣痛が、嘘のように消え去ったのです!!


本当にちっとも痛くない!! エピ万歳!

昨夜から眠っていないのと、エピのお陰で楽になったせいか、それから出産まで爆睡状態に陥った私なのでした。



〃  午前6時 抗バクテリア剤追加投与●

赤ちゃんをバクテリア感染から守る為、昨日から投与を始めたペニシリンを追加投与。

もう薬漬けになっている私であった。



〃  午前7時 爆睡中●

45
分おきにナースに氷を上半身に当てられ、麻酔の効き具合をチェックされる為、なかなか完全には眠れないものの、基本的には爆睡状態。

病室はナイトライトが点いているだけで薄暗く、ベッド脇ではナースが常に陣痛の波と赤ちゃんの心拍数モニターをチェックしています。

このモニターの「ピッ・ピッ」という規則的な音、そして赤ちゃんの心音がたまらなく心地良く、私を深い眠りに誘います。

エピが効いている事もあって、私は深い深~~~~い眠りの中へ・・・・・。

この時が、私が10時間以上眠れた最後の時でした(今の平均睡眠時間は4時間・・・)。   

夜勤だったナースが昼勤のナースに交代したのもこの頃。



〃  午前10時 子宮口確認①●

エピデュラル投与開始から5時間が経ち、医師が子宮口の確認をしにやって来ました。
                         
「どうかもっと開いてますように!!」という私の願いも空しく、子宮口は5cmのまま。

もう暫く様子を見ることに。



〃  午前11時 ナース休憩●

薄暗い部屋でモニターとずっとにらめっこしていたり、かいがいしくドリンクを運んでくれていたナースが45分の休憩に。

その間、代わりのベテランナースが研修生にモニターチェックの説明をしていました。

カナダで医療を受けていると、研修生の実習に当たる確立が凄く高いです。



〃  午後1時 子宮口確認②●

前回の確認から3時間が経ち、医師が内診で子宮口をチェック。が、子宮口は5cmのまま。

「もうしばらく様子を見てみますが、帝王切開も視野に入れておいて下さい」と言われる。

私は当たり前のように自然分娩が出来ると思い込んでいたので、医師のこの言葉は少なからずショックだった。

薬が何種類も投与されている為、眠くて眠くて仕方がない。

また、薬の副作用のせいで身体が悪寒に襲われていました。



〃  午後350分 子宮口確認③●

前回の確認から約3時間。

今回は私の担当医と共に帝王切開の執刀医がやって来て子宮口を確認。

検査の結果は残念ながら5cmのまま。

何も変わらず。


とうとう執刀医から


「ここまでして子宮口が開かないのは“児頭骨盤不均衡(※)による回旋異常”である為。残念だけど、今回は自然分娩は不可能だよ」


と告げられました。

(※骨盤に対し胎児の頭が大き過ぎる為、骨盤の正しい位置に頭が納まらなかった状態)

                  
破水から既に24時間以上が経過し、羊水量も少なくなって来ている事もあり、赤ちゃんの安全の為、直ちに緊急帝王切開をする運びとなりました。

自然分娩が出来なかった事にガックリしている上に、薬の副作用のせいでゲロゲロ吐きまくっている私の元にナースが別の研修生を連れてきて「あなたの帝王切開手術を彼女に見学させたいのだけど、いいかしら?」と訊ねてきた。

ここまで来ると、もうどうでも良くって「勝手に何でも見やがれ!」という感覚になり、「どうぞ、ご自由に」と言うしかありませんでした。

私が吐き終わるのを待って移動用ベッドが病室内に運び込まれ、横になったままの状態でそのベッドに移され、そのまま手術室へと移動となりました。



〃  午後4時 緊急帝王切開・開始●

夫はカメラとビデオカメラの両方を用意していたものの、ナースから「術中の写真撮影・ビデオ撮影は禁止です。写真は生まれてからならOKよ」と言われ、ビデオ撮影を断念。


あ~残念・・・。

息子が生まれる瞬間を撮って欲しかったのに・・・。


立会い予定の夫は手術着に着替える為別室へ行き、私の元へ戻ってくるまでの時間は、ほんの10分程度だった。
                   
だけど、薬の副作用のせいで激しい寒さと全身の激しい震え(本当に、『陸で息が出来ず、苦しくて暴れている魚』みたいにガタガタ・ブルブルと震えていた)に襲われ、開腹手術をするという不安と恐怖に駆られ、知らず知らずに涙がポロポロ。

周りにいるナース達に「夫の付き添いは大丈夫なんですよね? 夫は何処ですか? 夫はいつここに来るんですか?」とそればかり訊いていた。


私の首辺りに目隠し用のブルーシートが上から吊るされ、手術の様子が私からは見えなくなりました。

いよいよ帝王切開が始まる不安と恐怖で夫の名前を叫びそうになったところへ手術着に着替えた夫が登場。

夫は私の横に急いで座ると、ガクガクと大きく上下に震える私の手を両手で握り、励ましの言葉をかけ始めてくれました。

そうしていよいよ帝王切開手術が始まりました。



〃  午後414分 息子誕生!●


手術開始から14分後、執刀医が夫に


「お父さん、頭の先が出たから、出来るなら立ってこちらを見てごらん。 

自分の子供が生まれる瞬間を、しっかり見届けておくといい。」



と言い、夫はすぐさま立ち上がってブルーシート越しの手術風景に目をやりました(旦那は後日、「妻の内臓を見るなんて、滅多に出来ない経験だよね~」と言っていた)。


そしてナースは私に


「オーケイ! お母さんは私が3秒カウントした後で大きく深呼吸して! 

赤ちゃんを出すわよ! 1・2・3、はい!」




大きな深呼吸と共に、胸に大きな圧迫感、腹部には内臓を引っ張られるような感覚を覚えた瞬間、

夫の「うわ・・・っ!!」という歓喜の声と共に





「ふんぎゃあ~!ふんぎゃあ~!」






という赤ちゃんのけたたましい元気な泣き声が部屋中に響き渡りました!


そうして執刀医は生まれたての息子を両手で上に掲げ、ブルーシート越しに私に見せてくれました。


2008年 510日 午後414分 息子誕生。



破水してから27時間、最初の陣痛が始まってから19時間が経過していました。

薬の為に眠くて朦朧とする意識の中、



「やっと出た!!!! うるさい位、元気に泣いてる!!! 

あ~~良かった~~~!!!」




と一安心したと同時に何かがこみ上げて来て涙がポロポロ。


終いにはしゃくりあげてしまい、医師やナース達に御礼を言うのがやっとだった。


3350
グラムで生まれた息子にはシワが無く、つやつやのま~るまる。

ドクターの手の上で、クネクネ動きながら泣き叫んでいました。


それから息子は私の胸に置かれる事も無く、直ちに出生後検査にまわされ、夫も写真を撮る為、それについて行きました。

私は腹部縫合をしていた45分の間、眠ったままでした。



〃   午後5時  手術室を後に●


息子誕生から45分後、私の腹部縫合と息子の検査が無事終了し、夫がタオルに包まれた息子連れて来て、私の胸の上に置いてくれました。


感動の初接触!




子供を産んだ私ではなく、夫が先に息子を抱いたのはかなり悔しいけど、まあいいか。

そして、この時に息子の顔を見てまず思ったのは


「うわあ・・・腫れぼったいなあ・・・っていうか、父方のお祖母ちゃんにソックリじゃん!」


ということ。


生まれた直後の赤ちゃんってみんな顔が浮腫んでいるのだけど、「可愛い!」と思えなかった自分が悲しい・・・。

息子よ、すまん。


息子を抱きかかえたままベッドごと処置室に移動し、ここで息子に初授乳。

目も見えていないし、誰かに教わったわけでもないのに、唇に乳首が当たると、ちゃ~んとパク!っと咥えてチュクチュクし始めるから不思議。

この処置室で1時間ほど親子三人でノンビリとひと時を過ごし、これから私が数日間の入院生活を送る病棟『Dogwood』へ移動しました。

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category : 出産記録

2008.05.09 *Fri*

息子の出産記録(前編)

200859日 午後1時 破水●

朝から二度寝し、昼過ぎに目覚めた後、猫達にご飯をあげる為、キッチンの床にしゃがんだ私。

その時、下着の中で温かい液体が「ぶわっ!」と溢れ出た感覚に襲われた。

急いでトイレに行くと、血混じりの尿と共に茶褐色の下り物が大量に出ており、それは拭いても拭いても後から後から出て来て止まらない。


「破水した!!」


一瞬でそう思った私は職場の夫に連絡。

すぐに帰って来てくれるよう頼み、担当医にも破水した旨を報告。

私は少し前に受けた検査で『GBSB群溶連菌)陽性』という結果が出てしまい、そうなった場合、赤ちゃんへの感染防止の為に破水したら一刻も早く抗バクテリア剤を出産まで連続投与しなければならない。

だから、早く病院に向かわなくては。

破水時用に買っておいた特大パッドを新しい下着にあてがい、その場をしのぐ事に。



〃  午後1時半 入院前準備●

入院用バッグの中身を再確認し、「腹が減っては戦は出来ぬ」とばかりに昨晩の余り物で昼食。

何故か、「退院した後で散らかった部屋に帰ってくるのは嫌」と思えてきて、部屋の整理整頓、流しの食器を洗い始めたのであった・・・。



〃  午後2時 夫帰宅・病院へ出発●

職場から夫が興奮して帰宅。

電話してから1時間足らずで戻ってきた事に驚く。
(なんでも、私から電話を受け即効で仕事を中断し、後任を同僚に頼んで飛び出して来たそう)

入院用バッグ、寝袋、インファント・カーシート、その他諸々の入院用グッズを車に移動させ病院へ。



〃  午後240分 病院到着●

緊急受付でナースに『自宅で破水らしきものをした事』、『GBS()』である事を告げる。



〃  午後3時半 ベッドに移動●

受付で1時間近く待った所、ようやく応急処置用ベッドが空き、ベッドへ移動。



〃  午後4時前 尿検査・陣痛監視装置の装着●

ここで破水か否かを調べる為の尿検査をするも、出た尿がピンク・グレープ・ジュースそっくりの血液混じりの尿。

破水って、透明な羊水が出る物だとばかり思ってたのに。

ここで陣痛監視装置を装着する。

今まで検診をしてくれていた担当医も病院に到着し、彼女の触診を受けた結果、破水している事が確認される。

破水が始まると、24時間以内にお産が始まる可能性が高いそうな。

が、

なんと私の担当医、あと数時間で当直が交代になるため、私の出産は担当できないとのこと。
信頼している人に担当して貰えないと分かり、ブルーが入る。



〃  午後4時半 抗バクテリア剤(ペニシリン)投与開始●

通常は左手首に点滴用針(これは出産後まで装着したままになる)を挿入するらしいのだけど、私の血管は細いらしく、針が入らない!

ナースが針を刺した状態で無理やり血管を捜そうとしていたので、余りの痛さに、痛みには強いはずのアタシも病院中に響くような声で大絶叫してしまった。



今なら断言できる!

あれは陣痛よりも痛かった!!



ナースが何度も(!!)トライしたものの、結局、左手首には針が入らなかったのと、2分以上(!)私が絶叫していた為これ以上トライするのは母体に大負担が掛かるという事で、針は右手の甲に刺す事となった(最初からそうしてくれ!)。



〃  午後5時半 一時帰宅●

陣痛監視装置で見た結果、陣痛がまだ起きていない事が分かり、一旦帰宅する事に。

ペニシリンの効果は4時間という事で、4時間後の午後9時に病院へ戻る事にし、それまでに夕飯を済ませることに。



〃  午後6時半 夕食●

日本料理店『天八』にて、戦の前の夕食をとる。

料理を待っていた間、今回のお産の立会いをしてもらう助産婦さんに連絡を入れる。 

が!

なんと彼女は今日から数日間、オカナガンに滞在する事になっており、今回の出産の立ち会いは出来ないとの事!
(なんでも、私の予定日を10日以上勘違いしていて、プライベート・スケジュールを入れてしまったらしい…)

信頼していた医師に出産を担当してもらえない、頼みの綱だった助産婦さんにも立ち会ってもらえない。

夫が傍にいてくれるのは分かっていたけど、気分的に「私はこの異国の地で、知らない人たちに囲まれて子供を産むんだ…」という感情に襲われ、夫に隠れて密かに涙する。



〃  午後7時半 帰宅●

1
時間後には再び出掛けなくてはいけないので、少し仮眠を取る。



〃  午後9時 病院へ出発・到着●

ペニシリンを追加投与してもらう為、再び病院へ。

受付で待っていた間に周りを見て驚いたのは、ミッドワイフ(助産婦)を連れた妊婦さんの数の多いこと。
(
私には今回助産婦さんが付かなかったので、余計にそれが目に付いた)

ミッドワイフが凄くたくましく妊婦さん達をサポートしていて、それを見ていると「もしもまた妊娠する事があったら、今度はミッドワイフに頼もうかな…」なんて思ってしまった。



〃  午後920分 陣痛 開始●

ペニシリンを投与してもらう為の応急処置用ベッドが空くのを待っている間に、胴回りにちょっと重い生理痛のような、でも我慢できる程度の痛みを5秒ほど10分感覚で感じ始める。

これが噂の『陣痛』ですな!



〃  午後940分 ペニシリンの追加投与開始●

さんざん待ったものの結局ベッドは空かず、受付の椅子に座ったままでペニシリンの追加投与を受ける事に。

今回投与した物は8時間も効果があるので、次回の追加投与は翌日の午前6時半という事になった。

軽い陣痛は起きていたものの、再び一旦帰宅する事に。



〃  午後10時過ぎ 帰宅●

シャワーを浴びたり、入院の準備の再確認等をし、午前零時過ぎに就寝しました。



(後編に続く)

category : 出産記録

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きゃび

Author:きゃび
西日本の某県出身。1999年6月、日本にてドデカいカナダ人(旦那)に遭遇。その後何故か付き合う事となり、1年7ヶ月の交際を経て、2001年4月、日本にて結婚。転居先の愛知県にて三年半の新婚生活を送った後、2004年8月、移民権取得と同時にカナダ・バンクーバーに移住。2008年5月、第一子となる息子誕生。2008年12月にバンクーバー郊外の某市にお引越し。2010年11月、第二子となる娘誕生。2011年7月、愛猫二匹のうちの一匹だった愛猫“うらら”が天に昇りました。それから一年半後の2012年12月新たに雌猫のセリーナを我が家に迎え入れました。現在、旦那・息子・娘・愛猫ティファ&セリーナと共に「笑い大いにアリ、涙たま~~~にアリ、大噴火けっこうアリ」の、お気楽主婦生活を送っています。

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