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2012.10.08 *Mon*

きゃび、「ベルばら」について熱く語る!

あ~もう脱力・・・。

アニメ版「ベルサイユのばら」を1日4話ずつ10日間ぶっ続けで見てしまい、今日がとうとう最終日。

もう最後が切なくて切なくて、脱力感でいっぱい。

号泣しちゃって、頭いてーー。


なんで今更アニメ「ベルばら」を観始めたのかというと、先日、某SNSのアンケートで「小さい頃、アニメのキャラクターに恋した事がありますか?」という記事があって、その記事に対し


「小学生の時、TVで観た『ベルばら』のアンドレに恋をした」



と思わずつぶやいちゃったのがきっかけ。


それで「なーーつかしーーーー!もう一回観たいかもーー!」とアタシの中で「ベルばら熱」が再燃しちゃって、旦那に頼んでアニメ版を探してもらい、今日まで夜な夜な見入るに至ったわけです。

お陰で頭の中にもバラが咲いちゃって、セーフウェイ(スーパー)に買い物に行っても、頭の中で



「今日のセーフウェイは、たいへんな人ですこと!」



とアントワネット調でくっ喋る自分がいたりして(汗)。


この勢いで原作も読みたいのに、原作は日本の実家に置いてきてしまった・・・アタシのバカバカ!!


とまあ、こんな感じで未だ熱が冷めやらないので、今回はいつもの映画鑑賞の感想よろしく『ベルばら』について熱く、ドン引きされるのを承知でダラダラと語ってしまうけど、




皆さん、準備はよろしくって?(←懲りずにアントワネット調)




それでは、いっきますわよー。




実はアタシ、幼少時からの「ベルばら好き」なんですよ。

小学生の時にアニメで観たのが最初で、中学生になってから原作を読み、それからすっかり「ベルばら」の世界観に魅了されてしまったアタシ(但し「宝塚版ベルばら」だけは好きじゃないのよね・・・)。


王侯貴族たちが辿ったフランス革命前の華やかな生活からギロチン台での処刑まで、そして貧しかったものの、まだ笑う余裕があった民衆たちが後に深刻な貧困に喘ぎ、フランス革命を起こすまでの過程の描写、実在の人物たち&架空の人物たちの見事な融合によって繰り広げられる重厚でドラマチックなストーリー・・・・どれをとっても「素晴らしい!」の一言に尽きる作品。


登場人物たちのセリフも、どれを取っても「名言」「格言」になりそうな言葉ばかり。


こんな「人生の酸いも甘いも知り尽くした人間が描いた様な物語」を、当時24歳のムスメっ子だった池田理代子氏が描き切ったというんだから凄すぎる・・・。

「アタシが24歳の時って、何してた!?」って、しみじみ思うわ(野山で虫でも採ってたかな)。


とまあこんな風に、原作に対してはかなりのリスペクトがあるアタシなんですが、いざ数十年ぶりにアニメ版を観てどう思ったかというと、



「まあ・・・こういう『ベルばら』があっても、いんじゃね?」



って感じ。


序盤~中盤までは原作をなぞった感じなんだけども、中盤~後半はもう原作とは別物のストーリーになっていて、「ベルばらファンが作った二次創作を、公共電波を使ってお茶の間で披露しちゃいました」とも言えそうな内容。


アニメは小さい時に観たきりで、「アンドレのイケメン具合」&「ホタルのシーン」以外は記憶が曖昧で(←ほんっと、アタシって昔から・・・)、中学生以後、原作を読んだ期間の方が長かったから、原作の記憶しかなかったので今回のアニメ版は新鮮だったわ。


というのも、原作にはない細かい心理描写が描かれているシーンが多々あり、改めて「ああ、あのシーンはこういう見方もあったか!」と改めて気付いた場面が結構あった。



そしてアニメ版と原作との大きな違いは、


(オスカル)
ツンデレ・激情型の原作オスカルと違い、アニメオスカルは常に冷静で落ち着いている。 なのでロザリーの家で「具無しスープ」を出された時も原作のように白目になってビックリしない(でも内心は驚いている)。 軍人とはいえレディであるにもかかわらず、部下の衛兵隊員たちに向かって「諸君、私はアンドレ・グランディエの妻となった(=アンドレとヤッた)と堂々宣言。 原作ではバスティーユ陥落を見届けた後に死去するが、アニメではバスティーユ攻撃中に敵の降伏を見ること無く戦死。原作で死の直前に言う「フランス・・・万歳・・・!」という言葉も無かったんだけど、アタシはそれで良いと思った。アニメ版は軍人として生きてきた彼女が、最期には先に逝ったアンドレだけを想いながら死んでいく、その姿に涙。オスカル役の田島令子さんの、澄んで落ち着いた声がアニメ版オスカルにピッタリとハマっていて、ナイスなキャスティング。



(アンドレ)
原作では割とキレやすい性格のアンドレ。しかしアニメのアンドレはオスカル同様、常に落ちつき払っている為「ジェローデルにショコラぶちまけ」 「泣きながら草むしり」 「オスカルに毒盛って無理心中未遂」 「兵営でキレて発砲」 「超いきなり&鬼気迫る愛の告白→ブラビリ」といったアンドレの名(珍)場面が出てこない(アニメにもブラビリ・シーンはあるけど、こちらはなんというか話の流れで有り得る感じ)。 自己主張があまりない分「オスカルの影に徹する」という姿が強調されていた。 原作では嫌々なった『ニセ黒い騎士』に、アニメでは自ら進んでなっている。 原作では「一応」オスカルを庇った形で命を落とすが、アニメでの死に方は「オスカルがよけた弾が、後ろにいたアンドレに命中」という哀れな展開。こりゃ、あんまりだ。当時、人気若手俳優だった志垣太郎氏がアンドレ役を好演。(←「オスクァァァァーーール!!!」と叫ばせたら右に出るもの無し)



(マリー・アントワネット)
原作には勿論「音声」がない。そのお陰でアントワネットの「おバカちゃん度」が余り強調されずに済んだんだけど、アニメには「音声」がある事もあって、前半のアントワネットが「正真正銘のおバカちゃん」に見える・・・。 「あはは♪ うふふ♪ なあんて素敵なんでしょう♪ 素敵素敵、とっても素敵~♪」って感じのセリフが多し。 原作でのルイ15世の公妾デュ・バリー夫人に対する「凄い肉体美だけど、下品な女だわ!」という、アタシ的には名セリフがちゃんと使われていたのは嬉しかった。 残念なのは、『ヴァレンヌ逃亡』以外の革命中の彼女のエピソードが大分端折られてしまっていた事。アニメでは、ただ獄中で嘆き、そのままギロチン台へ送られていっただけのように描かれており、処刑裁判で繰り広げられた彼女なりの「戦い」がまったく描かれていなかった。ギロチン台の上で想いを馳せたフェルゼンへの「別れの言葉」がカットされていたのも残念。



(フェルゼン)
原作同様、アニメでもスウェーデンからフラ~っと現れ、フラ~ッとスウェーデンやアメリカに去っていく北欧の貴公子、そしてマリー・アントワネットの愛人。 声の担当が故・野沢那智氏(11話から)。いつ聞いてもカッコいい声だ! 原作同様、アニメでも彼の“非業の死”が、物語のラストになる。



(アラン)

原作では隊長(オスカル)に“一生分の片思い”をしていた衛兵隊員のアラン。が、アニメ版ではオスカルを隊長として認めてはいるものの、全く惚れていない。原作では「ケツの青いガキ」なのに、アニメでは顎がケツになっている。原作ではガキっぽいが、アニメでは「頼れる兄貴」になっている。アニメ版アランは革命後に農夫になってしまったが、原作アランは原作の続編的作品『エロイカ』(←ナポレオンの物語であって、スケベなイカの話ではない)ではナポレオンの片腕となり、将軍にまで出世する。声は「ちびまるこちゃん」のナレーションでお馴染みのキートン山田氏(当時の芸名は山田俊司)。



(ロザリー&ベルナール)
原作・アニメ共に二人の最初の出会いはロザリーの「育ての母」が「産みの母」の馬車に轢き殺された場面。原作では黒い騎士として暗躍中にオスカルに捕らえられ、その際に負傷したベルナールをロザリーが介抱した事で再会。やさしく介護してくれるロザリーにマザコン・ベルナールはイチコロ。そして「お前はおれのママンに似ている・・・」という信じられない「おげー」な口説き文句だったにもかかわらずロザリーをゲット。後に結婚。アニメ版ではベルナール逮捕時にロザリーは登場せず、アニメ後半になっていきなり夫婦としてアンドレの前に登場。なんのこっちゃ。



(端役)

・原作では可愛い風貌&愛すべきキャラクターだった衛兵隊員たち。が、アニメ版では刑務所上がりのようなコワモテの集まりに描かれている。 

・原作では最後まで通して“若者”だった革命家ロベスピエール。が、アニメ前半では少年のような外見だったにもかかわらず、後半でいきなりミドルエイジ的オッチャンの外見に激変。ちなみにオスカルよりも年下のはず。 

・原作では「エロ小説家&革命家」だったサン・ジュストが、アニメでは「過激なテロリスト&暗殺者」になっている。彼の言葉は辛辣ながらも、原作ではあまり見られなかった“革命家の裏の部分”をよく言い表している。 

・原作には出てこない「吟遊詩人」が、かなりいい味を出している。



この「吟遊詩人」のオッチャンは、その時その時の民衆の気持ちを代弁した内容の詩を弾き語る役割。

そのオッチャンが、オスカルへの叶わぬ愛の苦しみと、刻一刻と迫る失明の恐怖にさいなまれ、夜のパリで飲んだくれていたアンドレに贈った言葉が名言すぎる。


「人はこの世に二つの光を見る。一つは『陽の光・星の光』・・・目さえありゃあ見える光さ。

そしてもう一つは『人の心と希望の光』・・・こいつは目があるだけじゃあ見えやしねえ。でも必要なのはコイツの方さ。コイツさえありゃあ、生きていける。とことん堕ちても生きていける。

“心”だよ兄さん、愛し合うのは“心と心”だ。目なんてヤツあ、飾りみたいなもんさね。

元気だしなよ兄さん、元気だしなよ・・・。」



オッチャン・・・・・(涙)。



そして忘れてはならないのが、革命前夜「7月12日」のシーン。

オスカルとアンドレが、出会いから26年の年月を経て、遂に結ばれる
「ウッフン」シーンでございます。


原作では、オスカル(未経験)がアンドレ(経験済)を自室に呼び、自ら「今夜、一晩を・・・お前と。」と誘っておきながら寸前になって「こわ・・・い・・・!」とビビり、アンドレの手から逃れようとする。 が、「もう待てない!」と辛抱堪らん状態のアンドレに捕まり、更に「こわく・・・ないから・・・。」とキメ文句を言われ、腹を決めたオスカルは寝室のベッドでアンドレと結ばれる(当時の少女マンガとしてはかなり艶かしい描写)

アニメでは、周囲を敵に囲まれた夜の森の中、長年自分を愛し続けてくれたアンドレに「愛しています、私も・・・心の底から・・・。」と涙ながらに告白するオスカル。それに対し「分かっていたよ、そんな事。この世に生を受ける前から。」という、第三者が聞いたら「そんなバナナ!」という返事をするアンドレ。ホタル舞う中、スッポンポンになって結ばれる(当時の子供向けTVアニメとしては有り得ない描写)


原作では、事の後で感動して涙を流し合う二人(そして多分、二回戦に突入 ← ・・・・・・)。

でもアニメでは、事の後でそそくさと馬に乗って全力疾走、感涙も何も無し。


アタシがもしアニメ版オスカルだったら、


初めての場所が「周囲が敵だらけ&屋外のクソ寒い野っぱら」で、“初体験”した直後に「白パンツ」履いて、しかも「馬にまたがって全力疾走」しなきゃならないなんて、別の意味で泣きますよ、号泣ですよ、ええ。




この辺が、アニメ版は「男性が中心になって作った作品」なんだな~とヒシヒシ実感。

男性に“(原作のように)もっと乙女心を考慮した初体験を演出しろ!”つっても無理な話ですかね。


だから「7月12日」のシーンに関しては、アタシは原作の方が好き。断然好き。

(そして原作でアンドレが言う「千の誓い、万の誓い」の言葉を是非、志垣氏に言ってほしかった。)




前述した通り、原作を女性が作ったのとは違い、アニメは男性が監督をした事もあってか、ちょっと話が「男性寄りな話」になっていたように思う。

特に、オスカルとアンドレが「夫婦」になった後、それまでは馬に乗って前を走っていたオスカルが、それ以後はアンドレの後ろを走るようになっていたり、「衛兵隊として民衆に銃を向けるか、それとも民衆と共に国王側と戦うか」という選択を迫られたとき「私は夫に従う」と言ってアンドレに選択を委ねたりするところとか。



ちなみに第1話~第12話までの総監督がアニメ「巨人の星」を監督した長浜忠夫氏(途中降板)。

「巨人の星」さながらのドラマチックな演出で、観ていて飽きない。


第13~第18話はなんと監督不在の状態で製作され、第19話(~最終話)からは出崎統氏が総監督に。



この出崎監督になってからの「アニメ・ベルばらの変化」がまあ、凄いのなんのって。



まず絵がこれまでとガラリと変わり、キャラクターの顔に陰影が細かく付いて、より立体的に、より繊細に、より美麗に変化した。

どちらかといえば長浜監督時代の絵のほうが原作に近いのだけど、長浜監督時代の絵は陰影が乏しく平面的・男性キャラクターの顔色が悪い(特にフェルゼンはゾンビみたい)、繊細さに欠けている、という点が目についた。


出崎監督の絵は、原作の絵とは全く違えど、キャラクターの顔・色使いが断然美しい。

ちなみに、アタシが子供時代にフォーリン・ラブしちゃったアンドレも、出崎監督の絵のアンドレだった事が判明(黒い騎士事件以後ね。今観てもカッコいいわ)。

そしてストーリーや演出も、なんだか「アニメ」というより「映画」を見てるような凝ったカメラワーク的演出、そして流れも良く、1エピソードがあっという間に終わっちゃうのよね。


長浜監督・出崎監督、両者に言えるのは、



「演出やスタイルは違えど、どちらも素晴らしかった」



という事。


どの作品でも言えることだけど、原作があるものをアニメ化する場合、(長期放送が可能な少年ジャンプ系のアニメは除いて)放送回数が限られているため、原作の良さを全く出せずに終わってしまうケースが多いのよね。

そして原作のイメージを損なうものになるケースも多し。

だけど、このアニメ「ベルサイユのばら」に関しては、限られた放送回数の中で、オリジナルの要素を多分に含みつつも原作のイメージを損なう事無く、良い意味で完結した希少な作品だったと思う。


本放送開始から33年が経った今でも・・・・って、あれが「33年も前の作品」だって事に驚き。

本当に、全く違和感なく視聴できるのは凄い事だと思う。

きっと、当時の製作陣は凄い思い入れでこの作品を作ったんだろうな、と。

いやはや、本当に面白かった。





それにしても・・・・・・





原作が読みたくて仕方がない!!!!





ひょっとしたら置いてあったかもしれないバンクーバーの『ブック・オフ』も、既に閉店してしまった・・・(ブックオフが無くなった事を、今はじめて残念に思ったわ・・・)。


日本に帰るまで待つしかないかなー。


それか密林で注文するか・・・あーあ。





●おまけ●


ベルばらの動画を探していた際、見つけた動画。

ぜひ、音付きで見て頂きたい(読み込みに少し(10秒ほど)時間が掛かります)。

注意!『ニコ動』は動画上にコメントが流れるのですが、この動画は2種類の動画が同時に流れるため、動画開始後に画面右下の音量の横に現れる『吹き出しボタン』をクリックし「コメントをOFF」にして観ることをお勧めします。2種類の動画とコメントを同時に見ようとすると車酔いになったように気分が悪くなる場合があります)






風を切って空を翔る「ぼうや」!

バラ背負った「ぼうや」!

見事なシンクロ率に驚愕!

ベルばらバックに「語り・市原悦子」と表示されるのがなんとも・・・。
category : 映画鑑賞

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2015/10/25(日) 22:00 [Edit

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きゃび

Author:きゃび
西日本の某県出身。1999年6月、日本にてドデカいカナダ人(旦那)に遭遇。その後何故か付き合う事となり、1年7ヶ月の交際を経て、2001年4月、日本にて結婚。転居先の愛知県にて三年半の新婚生活を送った後、2004年8月、移民権取得と同時にカナダ・バンクーバーに移住。2008年5月、第一子となる息子誕生。2008年12月にバンクーバー郊外の某市にお引越し。2010年11月、第二子となる娘誕生。2011年7月、愛猫二匹のうちの一匹だった愛猫“うらら”が天に昇りました。それから一年半後の2012年12月新たに雌猫のセリーナを我が家に迎え入れました。現在、旦那・息子・娘・愛猫ティファ&セリーナと共に「笑い大いにアリ、涙たま~~~にアリ、大噴火けっこうアリ」の、お気楽主婦生活を送っています。

我が家の息子、今いくつ?

2008年5月10日生まれ

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